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スポット名:京町通り
  (きょうまちどおり)
場所:上京・中京・下京 [地図で確認]
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解説

金山と奉行所を結ぶ、金山が盛りだった頃のメインストリートです。旧相川拘置所の辺りから上京町・さくら商店の辺りまでが中京町・時鐘楼の辺りまでの下京町の3つの町に分かれています。江戸時代後期の住宅地図である相川町墨引には、勝場関係者や役人をはじめ、山師や銀山関係者、蕎麦屋、酒屋、髪結、針仕事、質屋など、あらゆるものが揃い、商人の家も軒を連ねていました。江戸の当時としてはめずらしい、3階建ての家もあったほど賑わっていました。


金山がゴールドラッシュに湧いた江戸時代初期、徳川幕府が置いた佐渡奉行が計画的なまちづくりを行いましたが、この界隈にみるT字型やカギ型の通路は、相川初期の都市計画の名残りです。
明治時代以降、金山が三菱の運営になると、京町通りには金山従業員の社宅が作られました。京町通りには今も佐渡鉱山の史跡整備や観光施設で働く社員の社宅があります。相川ふれあい集会所となっている建物の鬼瓦が三菱のマークになっているなど、三菱佐渡鉱山の名残を残す建物が今も大切に残されています。